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受験浪人中の主人公。5月連休の中日、さえない気分で枕元のラジオをつけると「どっとくり出した行楽客」のニュースが流れる。夢中で遊ぶ人たちを思い浮かべ、前向きな気持ちになる。庄司薫さんの小説、「さよなら快傑黒頭巾」は1969年の青春を活写する。

高度成長による賃金上昇を背景に、ふつうの人たちにもレジャー熱が広がっていた。海水浴や登山路、繁華街、遊園地の人混みは明るい未来の兆しだったわけだ。新型コロナ前、日本の街や観光地に繰り出し、景気づけの役を担ったのはアジアをはじめ海外からの観光客だ。2年の空白を経て受け入れ手続きが再開する。

記憶は薄れているがコロナ前、観光客が都市機能や伝統行事に支障をもたらすオーバーツーリズムは世界共通の課題だった。欧米では70年代、都市の中心部が荒れた。古い建物を生かす街づくり、しゃれた店の誘致など住民たちは努力し快適さを取り戻す。その結果が招いた混雑に割り切れない思いを抱く人もいたという。

大学で観光学を教える佐滝剛弘氏は「動物は観光をするか」と学生に問う。渡り鳥やサケは長旅をするが、観光とは呼べない。「観光とは異なる文化や自然に触れて感動する、人間だけの高度な営為」(祥伝社新書「観光公害」)だと説く。来る人も迎える人も、敬意を持ちたい。共感の有無が混雑と活気を分ける。