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かつてスペイン風邪が世界で大流行したとき、日本の著名人も少なからず感染した。芥川龍之介もその一人だ。1918年11月から翌年にかけての書簡にはこんな言葉が並んでいる。「スペイン風でねてゐます」「僕のはたちが悪いんぢやないか」「辞世の句も作つた」

そんな中で、ふと目を引くのが知人たちへの気遣いだ。「うつるといけないから来ちや駄目です」。万が一かかったら、決して無理をしないようにと訴える内容もあった。博識で機知に富み、後年は暗い作風が印象的な作家の優しい素顔かもしれない。そして100年後のいま、私たちはウイルスとの長い戦いの中にいる。

新型コロナの心配はかなり減ったと、少し前まで思い込んでいた。気づけば、仰ぎ見る急カーブの感染拡大だ。あぜんとしていると、「サル痘」という新手のウイルスも国内で確認された。天然痘のワクチンが有効とされ、多くの人はうつっても軽症ですむという。そうとわかっていても、世の中にはじわりと緊張が走る。

コロナが広がったとき、感染者の出た家族が引っ越したという話を聞いた。医療関係者の子どもが、幼稚園に通うのを自粛するよう求められたという報道もあった。そして今度はサル痘だ。この2年余りで「正しく恐れる」ための知恵をつけ、社会はより優しくなれただろうか。でなければ、それこそウイルスへの敗北だ。