11/19 円安は喜ぶべきか

むかしむかし、円が世界で一番強かった頃。岩井俊二監督の映画「スワロウテイル」は、そんな英語のナレーションで始まる。公開されたのは1996年。バブル景気は去り、未来が見えにくくなった時代だ。作品は日本への移民たちが住む架空の街が舞台になる。

住民らは街を「円都」と名付け、「ゴールドラッシュ」のように円を稼ぐ。その外国人を一般の日本人は蔑んで「円盗」と呼ぶという設定だ。公開時、海外旅行や輸入品の購入で円の強さを満喫した記憶はまだ新しかった。同時にそうした環境が「昔々」のものになる予感もあった。映画は当時の空気をとらえヒットした。

総務省が発表した10月の消費者物価指数、変動の大きい生鮮食品を除く総合指数が40年8ヶ月ぶりの伸び率になった。主な理由の一つは円安だそうだ。先日発行された新築住宅情報誌の表紙に「物価が安い街ランキング」という特集タイトルが大きく印刷されていた。夢とともに物を売ってきた雑誌も様相を変えていく。

消費者心理に物価上昇が影を落とす中、増え始めた外国人観光客が「日本は何もかも安くて嬉しい」と声を弾ませる。その姿は海外で安さに浮かれた「昔々」の私たちと重なる。テレビ番組が旅行者の声を紹介し映像がスタジオに切り替わると、司会者らは大抵複雑な表情だ。喜ぶべきか、それとも…といった心境か。